HSP記

わたしがスカートを履けなかった理由

なの
なの
こんばんは、なのです

わたしは、今でこそ着たい服を自由に選んで着ていますが、子供の頃はスカートを履くのをすごく嫌がる子供でした。

小学校に上がってからは髪もショートカット、言動も男の子っぽくするように意識して「ぼく」と言っていた時期もありました。

そんなわたしを、親や周りの大人は「まったく・・」と呆れていましたが、わたしが「女の子」でいたくなくなった理由は、幼稚園時代の大人のからかいが一番の理由でした。

なの
なの
トラウマめいた話なので暗いですが、お付き合い頂けると嬉しいです・・!

忘れられないパンツ大公開事件

それはわたしが4〜5歳くらいの頃、その日母方の実家に集まっており、祖父・祖母・叔父・両親・兄で過ごしていました。

その日は「おじいちゃん家にいく日だから」とスカートを履いて子供ながらにルンルンだったわけなんです。

母の弟である叔父は、当時独身だったんですが、甥っ子姪っ子であるわたしと兄をすごく可愛がってくれていました。

そして、わたしの性格上よく大人たちにはからかわれていました。

なの
なの
すぐふくれたり泣いたり笑ったりして反応が面白かったんだと思います

みんなでご飯を食べてゆっくりしていたとき、叔父が突然私を抱き上げてスカートをあげて「なのちゃんのパンツで〜す」みたいな感じでみんなに晒したんです。

案の定わたしはめちゃくちゃ泣きながら「いやだいやだ!」ってジタバタしてたんですが、その反応が大人たちは面白かったんでしょうね。

みんな「ハハハ・・!」と笑うだけで。
まあその場は爆笑だったわけです・・。

なの
なの
その時の光景、今でもかなり焼き付いてる

でも、わたしは本当に嫌でめちゃくちゃ傷ついたし「たすけてよ!」って言ってるのに母も笑って何もしてくれなかったことがダブルでショックでした・・。

ついでに言うなら、本当に傷ついたのでその日帰るまでずっと怒ってたしグズグズしていました。

それに対しても「この子はまたいつまでも・・わがままね」と言われたり、いつも全部わたしが悪いことにされたのも傷をえぐりました。

なの
なの
わたしの【気持ち】はいつも無視されてたな・・と思う

その日を境に、絶対スカートなんか履くもんかって心に決めたのを鮮明に覚えています。

「女の子らしくないんだから」と呆れる大人たち

元々おしとやかな女の子、といった性格ではありませんが、「自分が【女の子】でいると嫌なことが起こる」という記憶がそこで強く埋め込まれたんですよね。

本当に傷ついたし、ルンルンだった心を踏みにじられたという恐怖から、それ以来スカートを履くことへの抵抗と、たとえそれがピアノの発表会などの晴れ舞台であっても、あの時のようなことが起こったらどうしよう・・という恐怖感がありました。

なの
なの
そんな場所でそんなことが起こるわけないのに、【スカート=セクシャルな恐怖】でした

親や周りの大人は「ほんと女の子らしくないなー」「スカートも似合うよー?」「なのちゃんはボーイッシュだね〜」など色々言われましたが、何も好き好んでボーイッシュに振舞うようになったわけではなく、【女の子】でいることへの恐怖感から消去法でそうなっただけだったんですよね。

でも、本当のことはずっと言えなかったし、女の子らしい服や振る舞いが出来る子を見ては、ただ羨ましかったのを覚えています。

家族・親族の目がずっと気持ち悪くて怖かった

思春期も来れば洋服にも興味が出てくるし、どんどんオシャレ楽しくなってくるじゃないですか。
ベースが全然【女の子】じゃなかったので、たまに女の子らしい服装をすると「なに?どうしたの?」とか「いいじゃん!」とか何かしらの反応があるんですよね。

なの
なの
良かろうが悪かろうが、反応そのものが嫌だったんだよね・・

他人とか、外部の人や友達なら気にならなかったんです。
でも、家族とか親戚となるとすごく抵抗がありました。

「自分の【女の子】の部分を家族・親戚の場で出してはいけない」

そんな恐怖感を持ったまま大人になり、実家で暮らしている間は、ずっとその気持ちは拭いきれませんでした。

母にとっては「そんなこと」だった

成人して、抵抗はあっても家族の前でも女子感のある服装もできるようになったとき、母に「実はさ」と、わたしがスカートを履かなくなった理由を泣きながら話したことがありました。

母の反応は「そんなことで?よく覚えてるね。根に持つよね〜」でした。

なの
なの
!?!?!?

わたしがずっと苦しんできた出来事も、母にとっては「そんなこと」で済む話だったんですよね。
1ミリも気持ちに寄り添ってくれることがなかったので、死ぬほど落ち込みました・・。

「そんなこと」って言われて軽く流されるのは日常茶飯事でしたが、何度言われても慣れませんね。悲しかったな・・。

なの
なの
今思い出しても悲しい・・

別々で暮らして解放された自分

一緒に暮らしていると、非HSPの家族の中では、HSP的な感覚が理解されないことしかありませんでした。

感じ方が違うのは仕方のないことですが、気持ちを受け止められず尊重されないのは、感じ方云々の話ではないでんすよね・・。

わたしは、実家を出て家族と離れて暮らして初めて「自分が自分でいられる」感覚を味わいました。

なの
なの
家族の前でも自分でいられたらそれが一番良かった・・でもわたしの場合はそうはなれなかった

だから、家族になんでも話せる人がいるとか、実家は落ち着くとかいう感覚がある人がめちゃくちゃ羨ましいです。
家族の数だけ色々な事情があるけど、家族仲が良いに越したことはないもん。

なの
なの
悲しいけど、わたしは家族から離れたときに「自分」が出せるんですよね

表面には見えなくても、みんな色々あるよね

周りの人にこの話をすると
「え!そうだったの?」
「全然そんな過去があるように見えなかった」
と言われます。

なの
なの
何かを打ち明けたときって大体そういう反応をされるから、そうは見えないんだろうね

わたしは「人に言えなかった」ことって、自分自身でそれを認めたくない(認められない)という心理が働くからなのか、自分でも全力で隠すんですよね。

 

醜形恐怖の件も、めちゃんこ隠してた。

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高校生の頃は、中学時代に不登校だったことにも物凄いコンプレックスがあって、あえて人に言ったりはしなかったなあ・・。

https://nanolooog.com/2018-05-07-162646

 

ティー
ティー
よっ!隠し上手!

【克服】という言葉が当てはまるのかわかりませんが、今はもう実家を出ているし、変に周りを気にして着たい服が着れないとかは全然ありません。

こういうトラウマがある自分のことも許せるようになったから、人に話せるようになったのかな、と思ったりもします。

でもまあ、人に言いたくないことの一つや二つ誰だってあるだろうし、無理に吐き出す必要もないのかもしれませんが、幼稚園児だったあの頃のわたしの「無念」を、文章にして放ってあげたいなと思ったので今回記事にしてみました。

なの
なの
また一つ、コンプレックスを認められたような気がする

余談ですが、動物病院に行くことを断固拒否する犬の気持ちも「最初の嫌な記憶」が強烈だからですよね。

そういう動画を見る度に犬たちにめちゃくちゃ共感しています・・。笑

なの
なの
子供の頃のわたしの想いを聞いて頂き、ありがとうございました

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