HSP記

克服できた気がするので、醜形恐怖症だった話をしてみる

なの
なの
こんばんは、なのです

自分でもずっと認めたくなかったことなんですが、わたしは【醜形恐怖】という心の問題を抱えていました。

お医者さんに醜形恐怖症について教えてもらうまでは、この心の病気について全く知らなかったし、知っても全然認めたくありませんでした。
認めちゃうと、自分が【醜い】という事実からいよいよ逃げられなくなるような気がして。

ティー
ティー
なんで記事にしようと思ったの?
なの
なの
同じように苦しんでいる人に「自分だけじゃない」と思ってもらいたいし、克服できるということを伝えたかった

醜形恐怖に陥ると、日常生活に支障が出たり引きこもってしまうこともあります。
そういう人を増やさないためにも、お子さんを持つ親御さんは、それが愛情であっても見た目のからかいは子供の気持ちを深く傷つけることもあるので、本当に辞めてあげて欲しいと思います・・。

醜形恐怖症とは

醜形恐怖症とは、一般的には醜くはないのに、些細な(もしくは思い込みの)欠点や問題を過剰に捉えて、生活に支障をきたす心の病気のことです。

参照サイト>>クリニークデュボワHP
HSPと絡めて書かれた記事もあったので興味深かったです

ティー
ティー
でもさ、誰だってコンプレックスの1つや2つあるんじゃないの?

単なるコンプレックス・・で済まないのが醜形恐怖症。
強迫性障害やうつ病などを併発することもあり、思春期頃に発症することが多いんです。

無自覚なことも多いので、認識されていないだけで実際はかなりの数の患者数がいると考えられています。

物心ついた頃には発症していた

小さい頃から、母や兄にはよく見た目をからかわれていました。
母は兄にも同じようにからかっていましたが、兄は格下だと思っている私に対しても、母と同じようにバカにしてきていました。

https://nanolooog.com/2018-04-16-215320

なの
なの
欠点が1つでもあるとダメである

という0か100かの価値観を1ミリも疑わず持ち続けてきたし、だから人のことも1個嫌なことをされるとそこにばかり注目してしまって、欠点(短所)を潰すことが全て・・という考え方になっていたんですよね。

なの
なの
思考、歪んでたな・・無意識だったのが恐ろしい

もちろん自分の見た目は嫌いだったし、「ここがダメだ」「ここもダメだ」といつもダメなところばかりを見つめていました。

「可愛い・綺麗」は「どのパーツも整っていて、かつバランスが取れている顔」、いわゆる完璧という条件だと思っていたし、1つでも完璧じゃないとそれはもうダメという極端で歪んだ考えだったんですよね。

だから褒めてくれる人がいても
この人の美的感覚大丈夫・・?
バカにされているのでは・・?
と本気で思っていました。

なの
なの
わたしのように家族からのからかいや指摘で発症することも多いみたいだけど、そのほか、他人からの何気ない一言が発症の要因となることもあるみたい

醜形恐怖症から派生した強迫行動

自分が【醜い】【ダメだ】と思いながらも、「大丈夫かな」「変じゃないかな」と何度も何度も鏡を見たり、写っている写真を確認したり、傍から見ればナルシストのような行動を取っていました。

なの
なの
完全に誰もいない1人の空間でだけど、本当に何時間でも鏡で自分の見た目を確認してた

自分でも病的だとわかっていました。
でも、辞められないというか、不安で確認せずにはいられない、という感じだったかな・・。
ただ、絶対に他人にこの姿を見られたくないとは思っていて、誰にも悟られないように生きてきました。

やっと最近人にこの話が出来るようになったんですが、昔のわたしを知っている人も、そうでない人もみんな同じような反応でした。

「え??なのちゃんが???」
「全然そう見えないね」
「超普通にしてたじゃん・・!」

なの
なの
ああ・・深い悩みがなさそうなやつに思われてんだな・・とちょっと悲しくもなったけど、バレてなくて良かった

30歳になって、やっと解放された

わたしが醜形恐怖から解放されたと感じたのは、ほんの数ヶ月前。
30歳になってからのことです。

実際、一時期に比べると、年齢とともに強迫行動は落ち着いてきました。

でも、【自分は醜い】【女らしくあってはいけない】という気持ちはずっと心の奥にあったし、女性扱い・女の子扱いをされるたびに「こんな自分はそんな風に対応してくれるに値しない」と嫌悪感のようなものも感じていました。

一生この醜形恐怖に苦しむのか・・と思ったら心底怖くて、20代後半はとにかくセルフカウンセリングをし続けました。

その中で、家族への怒りが噴出して本当に止まらなかった。

・なんでこんなこと言ったの?
・なんでけなしたの?
・生まれてきちゃいけなかったの?
・なんでこんな仕打ちを受けるの?

そしてそんな自分の声を知って、「許せなくて良い」ことにして、家族と距離を置いたことで、途端に見た目に対しての醜形恐怖が無くなったんです。

別に自分の見た目が好きになれたわけではないけど、【醜い】【おかしい】という思い込みからは解放されました。

「そのままで良いんだな」と自分を認められるようになったことや、それを「お前は異常」と主張してくる家族と関わらなくなったことで、スッと行きたい方向にいけるようになったんですよね。

なの
なの
大人になっても、家族がわたしに与えていた影響は大きかったんだなと思った

わたしが醜形恐怖から解放されたのは周りの人のおかげ

自己肯定感が皆無で、とにかくネガティブだったわたしを救ってくれたのは、これまで出会ってきた好きな人たちの存在です。
こんな自分を褒めてくれて、好きだと言ってくれて一緒にいてくれた人たち。

好きな人からの言葉を受け取れない自分が嫌になったのも、自分のためというよりは、その【好きな人のため】に変わりたかったから。

周りにいてくれる【好き】と思える人たちのおかげで自分は考え方を変えることが出来たし、醜形恐怖・強迫行動からも解放されました。
今は縁が無くなってしまっても、これまでそのままのわたしを受け入れてくれた人たち、みんなのおかげだなと思います。

なの
なの
好きな人・大切な人に出会うたび、自分の気持ちにも気づけるようになっていった

わかりやすく【親友】【恋人】【家族】とか特別な関係じゃなくても、本当に色んな人に支えられてきたんだなと今すごく感じています。
だから、今醜形恐怖で苦しんでいる人には、自分が【好き】な人とたくさん出会って欲しいです。

人が信用出来ない、怖いと思ってしまっている人もいるかもしれません。
でも、人間は自分のためだけに、そんなに頑張れないんです。
自分以外の「誰か」のためになら、案外簡単に変われることもあるんです。

なの
なの
大丈夫、あなたの【醜い】と感じるほとんどは思い込みなんだよ

騙されたと思って、自分を疑ってみて欲しい

なの
なの
晒した・・ついに晒してしまったぞ・・なんか吐きそう・・
ティー
ティー
今の気持ちはどう?
なの
なの
言ってしまった・・という気持ち
ティー
ティー
言わなきゃよかった?
なの
なの
いや、克服できたからこうやって言えたんだな・・という想いもあるよ

わたしが醜形恐怖を克服して思ったのは、自分が思う自分と、他人から見る自分は本当に別物だったということです。

解釈や好き嫌いは本当に人それぞれで、わたしからしたらコンプレックスでしかないことも、誰かからしたら「好き」「羨ましさ」になるんだなと。
自分以外の価値観にたくさん触れて、やっと受け入れられるようになりました。

なの
なの
【思い込み】というフィルターを付けていたからモノクロにしか見えていなかったけど、フィルターをクリアにしたら、世の中はこんなに色んな色があるんだな、と知った

醜形恐怖症は克服できます。
でも、立ち向かわなくて大丈夫。

なの
なの
一度、自分の価値観や思い込みを疑ってみませんか
ティー
ティー
自分が醜いと感じることが事実なように、誰かが褒めてくれることも、それもまた事実なんだよね

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です