HSP記

リスクを取れないなら何も得られない

こんばんは、なのです。

私はHSPであることを自覚し、このブログでもHSPに関することや感じたことを記事にしているわけですが、HSP(HSS/外向型)代表ではありません・・。

HSPとは何か?と考えたとき、本質的な所はこの4つの特性しか理解していませんし、私は専門家でもありません。

すみません・・

https://nanolooog.com/2018-02-17-125406

だからHSPらしからぬ」と表現されてしまう感覚や価値観もあると思いますし、その人から見てそう思うならそうなんだと思います。

HSPだからと言って合う人ばかりではないと思いますし、人間関係としてはHSPだろうと非HSPだろうと何ら変わりないもの。

HSPとして発信していくからには、偏ってしまっては叩かれるかもしれない・・」と、されてもない事に恐怖を抱いてしまう自分がいるんですが、この恐れを持ち続けている限り自分は変われないなと、逆に怖くなりました。

「批判された(されるかも)」と思うのは人目を気にしているから

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HSPってまだまだ研究段階だと思うし、広まってきたけど曖昧な表現や認識が多いですよね。

もちろん私もその1人ですし、HSP関連の書籍なども全て読んでいるわけでもありません。

でも、HSPの人の数だけ「その人なりの答え」があって、迷ったり変わったり戻ったりするものだと思います。

以前HSPの方が集まる場で「自分は感覚的にこうなんです〜」と話をしたら「え?それは違いますよ」と直球で言われた時、「全否定・・」「そしてなぜに喧嘩腰・・!」と思うことがあったんですが、相手にこちらを批判する気持ちがあろうとなかろうと、私が否定的意見に過敏に反応していたのは、人目を気にしていたからなんです。

もちろん色んな考え方の人がいるとは思いますが、いきなり戦闘体勢で来られると正直ドン引きです・・。というか初対面とかでそんな感じだとシンプルに怖い・・。

意見交換とか「何で??」と思えないのって怖いな、と

協調性を持つ事も必要ですが、そうやって人目を気にしていたら何も出来ないな・・と思ったんです。

HSPだから」「HSPは」という言葉に踊らされていた

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HSPという概念を知って、色々なHSPの人とお話をする度に「自分だけじゃなかったんだ・・」と安心し、共感し、そこに救いを求めていました。

実際救われてましたし、心の拠り所の一つでした。

でも、共感ポイントが多いあまり、「HSPらしい」とされる反応をしなければいけないと勝手に思っていたように思います。

HSPは単なる気質なので、性格や思考はまた別問題。

わかってはいても、そこからはみ出てしまっているんじゃないだろうか?と思うことは今でもあります。

でも、別に正解なんてないんだよな・・とも思います。

私は自分がHSPだと思っているけど、例えばAさんから見たら非HSPに見えるかもしれないし、Bさんから見たらHSPだけど変わってる人に写るかもしれません。

それはその人の中では正解なわけで「違う!私はHSPだ!!」と理解してもらう必要は私の中ではないんですよね。悲しいけど・・。

でも自分で理解出来ていれば、それでいい。

感じ方の話になってくれば、誰しもが正解です。

リスクを取れない人は成功も得られない

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例えば、本を買うとして。

誰かがオススメしていて気になっても、「自分に合わないかもしれない」「得るものが無かったら損するかも」と結構事前に悩んだりレビュー読んだり立ち読みしたりして、まず「疑う」ことから初めていました。

ここでは、「合わないかもしれない」という可能性がリスクだとして、同時に「手に入れられるかもしれない情報」という成功もあるのに、成功の可能性ごと放棄していたんですね。

ちなみに「得るものが無かったら損するかも」というのは、私に「得る気がなかったから」だけなんです。

何にしても、自ら受取りにいくものではなく、与えられるものだと思っていたのがそもそもの間違い。

リスクが取れないなら、得られたかもしれない可能性も取らないということ。

私は「傷つく」「否定」「失敗」というリスクを回避することで「挑戦」「経験」「成功」をたくさん逃していたことに気付きました。

挑戦の先に未来がある

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HSP(内向型)の気質上「慣れ親しんだ環境に身を置く事を好む」と言われています。

実際、そういう人が多い傾向にあるんだと思います(^-^)

でも、そこに関しては私はそうではありません。

HSS/外向型ということもありますが、それだけじゃなく育った環境や過去の経験上「新しいことに挑戦することは楽しいこと」と潜在的に思っているからです。

やりたいことをやらせてもらえた環境で育ち、興味のあることに片っ端から足を突っ込んで来た(突っ込ませてもらえた)経験が、今の自分を作っています。

育てにくい子だったとは思いますが、自分のことをいつも信じていて任せてくれた両親には本当に感謝しています

「心地いい場所」「好きな場所」で生きる事が幸せだと思っているし、同時にそういう場所は普遍的で変わって行くものだと知っているから、ずっと同じ場所にいることを好まないのかもしれません。

でも、「見えない恐怖」が介入してくると、挑戦が怖くなる。何も出来なくなるし、気持ちだけが焦ってしまって私にとっては悪循環です。

そこで「やりたいな〜」と思うことを遮るものは何なのかを明確にしたら、前述した「人の目」を気にしていた自分がいたんですよね。

人の目を気にすることは悪い事ではないけど、だから自分を抑えることは直結するものではありません。

私は「やりたいこと」をする上で、「嫌われるかもしれない」「批判されるかもしれない」リスクを取れなかっただけした。

でも、それがどう転ぶかはやってみないとわかんないんですよね。

誰かを騙したりするのは良くないけど、自分に正直に生きた方が絶対楽しいですよね・・!

大なり小なり、リスクを取らずして幸せになることは出来ないと私は強く思います。

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