日常のちょっとした選択や迷いの中で、あれこれ考えすぎて優柔不断になってしまうことってありませんか?
相談を受けることがあったり、悩み…というほどではなくても色々な人の話を聞く中で、「なるほど…では、あなたはどうしたい?」という質問をする機会が多いことに気づきました。
これはわたしも自分自身にもよく投げている質問で、頭を悩ませているときって、多くの場合は自分以外の誰か(もしくは何か)からみた都合ばかりを考えていると思うんです。
でも、不安や心配事が100%クリアになって物事が進むことは稀なケース。
悩みの無限ループから抜け出すためにも、二の足を踏んだときこそ「…で、あなたはどうしたいの?」と自分に聞いてみると、案外簡単に解決するかもしれません^^
その判断基準は「自分」ですか?
人からの相談だけでなく、自分自身の脳内で繰り広げられる終わりなき悩みにも、ずいぶん長い間付き合ってきました(現在進行形ですが)。
そしてそのほとんどの悩みの核は「自分以外の判断基準に苦しんでいる」ところにあります。
最終的に出てくるのが「自分(あなた)はどうしたいんだろう?」という疑問。
すると、意外に簡単に解決できたりするんですよね。
わたしもそうなんですけど、
「自分が○○して(言って)いいのかな」
「○○だからこうしちゃいけないんじゃないかな」
「○○かもしれないから我慢しなくちゃいけない」
…これらって、全部「自分以外のなにか」を中心に考えているわけで…。
自分中心で動け!ということではないけど、一番大切なのは本人がどうしたいかであって、周りの圧で決めることではないよなあと、わたしは思うのです。
自分がどうしたいのかが一番大事
人からアドバイスを求められた場合、「自分ならこうするかな」という話はしますが、それも結局わたし個人の偏った価値観の中で思うことでしかなくて。
ただの一意見に過ぎないんですよね。
その人が同じように思うとも限らないし、受け取るも受け取らないもその人の自由で、人の意見なんてヒントにするくらいでいいと思うんです。
大切なのは、本人がどうしたいか、自分の価値観の中で何を選択するかを決めること。
「絶対こうした方がいい!」「○○するべき!」など押しつけられることもありますが、アドバイスなんて自分が欲しいと思う人に貰って参考にすればいいだけで、強制力なんてどこにも存在しません。幻です。
例えそれが「一般的に」正しいことだったとしても、自分の価値観に反しての選択はいずれ後悔することになると思います。
「あなたならできるよ!」と信じているからこそ、わたしは相談してくれた人には自分で道を切り拓いていって欲しいと思うのです。
それは、自分自身に対しても同じ。
心の選択に許可なんていらない。主人公でいこう!
「許されない」という思い込みがある人ほど、無意識に「○○してもいいのかな…」と、自分以外に許可を求めてしまいがちだと感じます。
例にもれず、わたしもその中の1人で。
でもある時、「わたしは一体誰に許可を求めてるんだろう…」って思ったんですよね。
誰かの「許し」がないと選択できないことも、ときにはあるかもしれません。
だけど、自分がこう在りたいと思い選択することに、誰の許可も必要ないと思うんです。
自分の人生の主役は、他でもない自分自身なはず。
ある面からみた舞台の上では脇役だったとしても、その人から見える世界は「目立たない脇役を演じる、物語の主人公」だと思います。
誰しもがみんな、主人公なはずなんです。
だから今、あなたがどんな迷いの中にいても、主人公であることを忘れないで欲しい。
無限ループで辛いときがあったら「…で、あなたはどうしたいの?」と自分に問いかけてみてください^^