思考

【ジャッジ癖】自分の「正義」を味方にするために【イライラ】

なの
なの
こんにちは、なのです

突然ですがあなたには、ジャッジ癖はありますか?

わたし自身、ジャッジありきの人生を歩んできました。
「正義感が強い」「責任感が強い」と言われる一方、その「正義」が暴走して自分を雁字搦めにしていたんですよね。

心の中はいつも戦でして、自分が許せなかったり、他人に対してもイライラすることが多い人間でした。

なの
なの
ム!なにやつ!!(刀シャキーン!的な)
ティー
ティー
(ジャッジ侍…)

自分の中での「芯」「正義」を持つことはとても素晴らしいことだと思うけど、「自分の正義」で世の中を見ると常にジャッジすることになり、非常に生きづらいんですよね。

正義感が強い人の心の中には、自分以外をも斬りまくる「ジャッジ侍」がいるかもしれません。

今回は、強い味方であるはずの「自分の正義」に苦しんでしまうあなたへ

なの
なの
他人へのジャッジはしなくていいかもしれないよ〜

と、ジャッジしまくっていたわたしが伝える記事です。ええ、ブーメラン記事です。

ジャッジとイライラは相互関係

ジャッジ癖があると、常に「〇か×か、白か黒か、0か100か…」といった思考になりがちです。

「〜ねばならない」「〜するべき」と強く思いすぎていると、「そうでない他人」に対してイラッとすることが増えてしまうんですよね。

わたしの場合は、

「なんで認めないんだろう」
「なんでわかる嘘をつくんだろう」
「なんで言ったことを守らないんだろう」

こうした部分にジャッジしまくっていましたね。過去記事を読んでもよくわかる…。

ジャッジをすればするほど苦しくなるって、頭ではわかっていました。

でもどこかで「行動の基準」がないと、それをクリアしている自分を認められない、または他人にも認めてもらえないんじゃないかっていう恐怖との葛藤もあって。

だけど、どんだけ華麗にジャッジをキメたところで他人は変わりません。

なの
なの
大切な時間は、あなたの大切なことに使いましょ^^

相手の土俵に「降り」なくていい

人にイラッとするときって、少なくとも「自分はそんなことしない」と決めていることを、容易く相手がしているときだったりします。

それなのに、周りから咎められることもなく、非難されてもいない。それどころか、受け入れられているだと…!Why…?

こんなとき、自分の中のジャッジ侍が刀を抜こうとします。

でも、ちょっと待って。

それは、本当にあなたが裁くべき相手でしょうか。
あなたの人生にとって必要な、大切な人でしょうか…。

わざわざ相手のいるところまで出向いて刀を抜くなんて、【向上】しているとは言えませんよね。自分がそうなりたい相手ではないはずなのだから。

上か下か、と表現するのはちょっと違うので避けたいところですが、今回はあえて…。

相手のいるところまで「降り」る必要はない!

その原因が「自分はしない」と決めていることなのであれば、そもそもあなたはその人とは違うところにいるはず。
自分のことを大切にするためにも、イラッとする相手のところまで自分を連れていくのはやめた方がいいなって思うんです。

なの
なの
せっかくなら「こうなりたいな」「素敵だな」と思う人のところに、自分を連れていってあげてくださいネ

「気づくまで」のタイムスコアを更新していこ

最後に、わたしが何年も陥っていた失敗談をひとつ。
イラっとした瞬間、「またイライラしてしまった〜〜!」と、イライラした自分にも「ダメ」とジャッジしていました。

でも、心の反応である感情に対してジャッジすることは無意味なので、1秒でも早くやめることをオススメします。

目を向けるのは、コントロールできない心の動きではなくて、「自分はこの人の土俵に向かおうとしている事実に気づく」こと。
イラッとすることがあっても「ア!わたしったらま〜た相手にしちゃった☆てへ!」くらいにして、なにより「気づけた」自分に拍手を贈ってくださいね!

「イラ!」→「冷静」→「気づく」
わたしは気づくところまでの時間を、ちょっとずつ短くしていくことを意識していました。

気長に繰り返していれば必ず苦しい時間を減らすことができるし、それは自分自身を大切にすることに繋がります。

せっかく素敵な「信じるもの」を持っているのだから、それは自分のために、大切に使っていって欲しいなって思います。

なの
なの
自分の人生は自分の人生!他人の人生とは別のものだよ〜!

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