1人と1匹

【初代ワンコ】穏やかイケメン、ジョンの話【シェルティ】

こんにちは、なの(@nano_kcgs)です

今回はわたしが初めて一緒に暮らした愛犬、ジョンとの思い出を残そうと思います。

たくさんの犬と関わって思うことは、犬も人と同じでめちゃくちゃ個性があること。
それぞれに思い出があって、それぞれに後悔があります。

なの
なの
わたしの動物人生は、全てジョンから始まった

穏やか賢いイケメン、それがジョン

わたしが幼稚園児だった頃、我が家にやってきたシェットランドシープドックのジョン。
カラーはブルーマールでした。
知り合いのブリーダーから譲ってもらいました。

お迎えにいった帰り道、ワンボックスカーの一番後ろに、段ボールに入れられてオロオロしているジョンを、後ろの席に身を乗り出してずっと眺めていたことを覚えています。めちゃくちゃ嬉しかったなあ。

たいしたしつけをしなくとも、一通りの犬芸はすぐに覚え、「ご主人」と認識していた父に対してはしっかりと従う賢い犬でした。

犬小屋から出しても基本的には敷地内から出ないし(1人でお散歩には行ってたけどw)、知らない人が敷地に入ればちゃんと吠えるし、いやほんと頭良かったな・・。

親バカということを抜きにしても、顔つきのバランスも良くて、ジョンを見た人に「うちの犬とお見合いさせたい」と申し込まれることもありました。(失敗したけど)

穏やかで賢くてシュッとしたイケメン・・人間だったらさぞモテたことでしょう・・!

なの
なの
シェルティにしては大きかったし、近所ではブルーマールというカラーも珍しかった

脱走常習犯、追いかけるもおちょくられ続ける

基本的には敷地内=縄張りという認識があったようですが、たまに脱走し、町内外を気ままにお散歩してました。いやあ、今の時代では考えられないですよね・・。

近所の親戚の家に遊びに行ってたり、同級生に「なのちゃん家のジョン、この前見たよ」と言われることもありました。
目撃情報によると、歩道に沿って歩き車を上手によけていたそうです・・賢いかよ・・。

満足すると帰ってくるのですが、脱走直後に気づいて追いかけると、一定の距離を保ったまま脱走を続けていたので、わたしは完全にナメられてましたねww
小学生が「こら!まて!」と犬を追いかけ続ける様は、ご近所さんにに「あらあらw」と笑われていました。

なの
なの
完全に格下である

小学校までついてきて父親に連行される

ある晴れた春の土曜日、小学校で授業を受けていると「校庭に犬がいる」というざわめきが起こりました。
当時は野良犬も普通にいたので「えー!犬?犬??」と嬉々として校庭を見ると、そこにいたのはまさかのジョン。

小学校にあった公衆電話で父に電話し、父が現れるとジョンは大人しく捕獲され連行されていきました。

小学校はお散歩コースではなかったはずなんですが、ニオイを嗅ぎ分けて追ってきたんですかね。たまたまかもしれませんが、途中交通量の多い通りもあるので、交通事故に遭わないでくれて本当に良かったなと思います。。

小学校時代の記憶ってあまりないんですが、こればかりはかなり強烈に覚えている出来事ですw

なの
なの
父とは未だにこの話をするよ

転んで怪我をしたら寄り添って一緒に帰ってくれた

一番お散歩に連れて行っていたのはわたしですが、お察しの通り完全に格下に見られていたので、ジョンは終始リードをぐいぐい引っ張る始末。

温厚で賢い性格でしたがオスということもあり、よその犬(オス)にはワンワン!と威嚇する男らしい一面もありました。

ある家にいる犬がジョンとかなり相性が悪く、その家の前を通るだけで「ガウガウ」言い合っていたんですが、ある時あまりの勢いの良さにジョンに引っぱられ、盛大に転んで怪我をしたときがあったんですよね。

痛すぎて「ウウウー・・」と泣き出したわたしを見て、トコトコとジョンがそばに来てくれ、その帰り道だけは歩幅を合わせてゆっくり歩いて帰ってくれました。

血だらけの膝をひきずって家に帰って、母に「ジョンがねー、すごい一緒に歩いてくれたー(泣)」と、膝の痛さとジョンの優しさに感激していたことを覚えています。

なの
なの
すごい痛かったけど、それ以上に嬉しかったな〜

一度だけ歯を当てられ、ショックで寝込んだ日

ジョンはとっても温厚で、人に対して噛んだこともない、とても利口で優しい犬でした。

無駄な「マテ」をして遊んでいても黙って遊ばれてくれましたし、嫌いなブラッシングも嫌そうな顔をしながらも黙ってやらせてくれました。

ただ、前肢を掴まれるのが嫌だったようで、前肢を掴むと小さく「ウー」と唸ったんです。それに気づいてしまったわたしは、その様が面白くて何度もそのいたずらを仕掛けたわけです。

我ながらしつこかったと思うのですが、「おい、お前いい加減にしろ」と言わんばかりに、ジョンがわたしの手に軽く歯を当てたことがありました。

噛まれてないですよ、歯を当てられただけです。
今となっては「おいヤメロ」という犬の合図であることはわかりますが、当時は何も知らなかったので「ジョンに・・・噛まれた・・・!」とショックを受け、そのあと自室にこもって寝込みました。笑

完全に自分が悪いんですが、「嫌われた」と思ってとても悲しくてメソメソ泣いたことを覚えています。

次の日ジョンのところに行って「ごめんね」と言ったものの、何事も無かったかのような態度に心底ホッとしたのでした。

なの
なの
見事にジョンにしつけられた出来事だった・・

知識がなく予防できた病気で死なせてしまった後悔

ジョンはとても健康で、動物病院にかかることは亡くなるときだけでした。

7歳になったジョン。
「なんだか最近元気ないな、歳かな」と言っていました。

元気が無さすぎると思った親が動物病院に連れて行ったら、「もう長くない」と言われ、そのまま入院。
フィラリアという寄生虫により、心臓に大きな負担がかかっていたのです。お腹に水も溜まっていました。
ジョンはそのまま、夜に動物病院で動物病院の方に看取られて息を引き取った
そうです。

わたしも含めうちの家族は、その時に初めてフィラリアという寄生虫の存在を知りました。
そうした知識がないまま犬を飼っていたことが最大の原因です。
飼い主の責任で死なせてしまいました。フィラリアは予防できるものだから。

ずっと苦しかったんだろうと思うし、本当に申し訳ないことをしたと今でも情けなくて涙が出ます。

わたしはちょうど小学校に行っていて、ジョンのそこまで元気のない姿を見ていなくて、学校に行っている間に親が火葬場まで連れていったため、ジョンの死は実感がなく、そのときは涙が出てきませんでした。
実感としては、今もないといえばないのかもしれません。

「ジョンがいない犬小屋」はしばらくそのままになっていて、ジョンがいない日常が当たり前になっていきました。

なの
なの
あまりにあっけないお別れで、よくわからないまま時間が過ぎていった

犬と暮らすことの素晴らしさを教えてくれたジョン

・お散歩にいくこと
・小学校に行く前にジョンのご飯をあげること
・小学校から直帰して、すぐさまジョンを庭に放すこと

基本的にわたしがやっていたけど、思い返せば「めんどうだなー」と思ってしまった日もたくさんありました・・。
命が終わるということは、そこに付随する当たり前だったことが綺麗に無くなってしまうんだな、と知りました。

わたしにとって心の拠り所であったジョン。
ジョンと暮らした7年間が「犬と暮らすことの素晴らしさ」を経験した最初のステージでした。

それまでは「ただ動物が好き」というだけでしたが、ジョンが亡くなってから犬の飼い方の本を読んだり、習性や病気についてたくさん調べました。

ジョンが教えてくれたことをムダにしたくなくて、次第に動物に関してどんどん詳しくなっていきました。
そして、ジョンにしてあげられなかったことがありすぎたことにやっと気が付いて本当に後悔しました。。

ジョンにしてあげられなかったことを次に一緒に暮らす犬にしてあげたい、と心に決めた11歳のとき。

なの
なの
あの後悔は、今も胸に刻まれています

わたしの動物人生はジョンから始まった

もう26年以上前のこと、めちゃくちゃ田舎なので、当時は犬と言えば外で飼うのが基本でした。
シェルティを外で飼っていたなんて、今の自分の感覚では考えられないです・・北国ですよ・・。

しっかりとした環境で飼育してあげられなかった後悔や、「飼いたい」と子どもたちで騒いだくせに、お世話にベストを尽くせなかったこと、そして命はいつか終わることをジョンに教わりました。

その後の進路や生き方にもジョンの存在は大きく影響したので、今でも色褪せることが無いジョンとの思い出ですが、このブログにも残しておきたいな、と思い書いてみました。

読んでくれた方、ありがとうございました^^

なの
なの
ジョンよ〜!いつか虹の橋で会おうね!

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