家族の話

人が言う「普通じゃない」は当てにしなくていい

なの
なの
こんばんは、なのです

わたしは家族から「普通じゃないよね」「そんなに考えるなんておかしい」などと言われてきて「自分は普通じゃないのか・・」「だからダメなのか」と思い込んで生きてきました。

でも、正面からダメージをくらう必要はなかったな、と今は思っています。
とはいえ傷つくんですけど。今言われても結局傷つくんですけども。

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家族に限らず、他人に「普通じゃない」などと言われてしまうと、本当に傷つきますよね。

今でこそ、持っている気質・資質の【違い】は当たり前に認識していますが、感じ方がこんなに違うなんて、何かキッカケでもないと気付かないと思うのです。

なの
なの
他人の「普通」は自分の「普通」と違って当たり前なので、真に受けなくていいよ、という話

「自分は普通じゃないんだな」の根源

わたしはよく家族(母と兄)に

「普通そんなに考えないよ」
「そういうのって異常じゃない?」
「受け取り方がおかしいんじゃない?」
「悪気はないんだから、傷つかないでよ」

など、そもそも感情を全否定されることが本当に本当に本当に多かったです。
なんか色々むちゃくちゃだなと思うんですが・・わたしが異常だからなんでしょうか・・。

「は?!?!?」という納得できない気持ちは当時からありましたし、反発もしましたが、潜在的に「自分が悪いのか」「自分っておかしいのか」と思い込むようにはなっていったなと思います。。

なの
なの
性格的に意地はありましたが、自己肯定感は1ミリもありませんでしたね・・

「普通じゃない」に苦しまなくて良い

そもそも普通って何?って話ですよね。
わたしもつい「普通は・・」という言葉を使ってしまうこともありますが、「普通じゃない」と言い続けてきた家族も、わたしの観点から言えば「普通じゃない」と言えるわけで。

人は経験したことや、自分が想像できる範囲のことでなければ、理解することは難しいのかもしれません。

「同じ人間」「同じ日本人」「同じ家族」・・・「同じであることが当然」というアタマになってしまいがちですが、いくら血の繋がりがあっても、どんなに同じ民族だったとしても、別の人間なんですよね。

物事の感じ方、捉え方、考え方は先天的にもみんな違うし、後天的にもそれぞれ違うものを選び取って生きてきています。
もちろん世の中の「常識」「多くの人が選ぶであろう選択」というものも一定数存在しますが、一概に言えることばかりでもありませんよね。

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だから違って当然で、少数派だからといって「普通じゃない」と思う必要は無いよな、とわたしは思っています。

なの
なの
自分の「普通」は自分だけのもの

どこまでいっても「答え」は自分の中にしかない

苦しい思いを身近な人や専門家に相談したり、状況によってはカウンセリングを受けることも必要になってくるかと思います。
ただ、最終的な「答え」を見つけるのは自分自身でしかないと思うんですよね。

わたしも色々考えや経験したことを発信していますが、これもあくまで「わたしの場合」ということになりまして、全ての人に当てはまる「正解」ではないんです。

どんな情報からでもそうですが、ヒントとして何かを得ることはあっても、「答え」を丸々人から与えてもらえるわけではなくて、受け取ったものをどう自分の中に落とし込むか、自分のものにしていくかだと思っています。

生き方にしても、感じ方にしても、過去のトラウマにしても、その答えは自分で出すしかなくて、だからこそ自分自身の感情や想いは大切にして欲しいなとわたしは思うのです。

なの
なの
影響を受けやすいからこそ、ね
ティー
ティー
それぞれの正解を、その時々で見つけていけたらいいよね

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